5月, 2018年
【希望のりんごツアー】2018春
5月18・19日、11回目となる「希望のりんご」ツアーを行いました。
最初に立ち寄ってランチを食べた「フライパン」。
陸前高田市米崎町、周囲にりんご畑がたくさんある場所で、りんご農家が営むカフェです。
熊谷克郎さんは東京・浅草のあんみつ屋さんで働いていましたが、震災に遭ったふるさとを見捨てておけず帰郷。
復興する店もまだ少なかった2014年に店をオープンしました。
名物はオリジナルのクラフトビール「りんごエール」。
ほのかにりんごの甘い香りがありました。
りんごで陸前高田を盛り上げたいという気持ちは、私たちと同じです。
ほど近い、希望のりんご農家・金野秀一さんの畑に移動。
りんごのお花見をする予定でしたが、例年より1週間早く開花。
ほとんど散っていました。
同じバラ科の桜の開花が今年早かったのと同様、春先に高温の日が多かったため。
でも、りんごの生育が順調なのはなにより。
私たちは農作業のお手伝いをしました。
この時期行われるのは摘花(てきか)。
花を摘んで、おいしいりんごを育てるための作業。
5つの花のうち4つをとって、ひとつのりんごだけを育てるのです。
参加メンバーは自らのオーナー樹の摘花にとりかかります。
りんごの苗を植えて、もう4年。
いまやたくさんの花がついて、一本さえ完了できませんでした。
生産者・金野秀一さんは、これを千本行います!
作業のあとは金野さんのお宅で「お茶っこ」の時間。
りんごジュースや、奥さんの真喜子さんの作ってくれたがんづき(地元で食べられている蒸しパン)をいただきます。
その後、歩いて、復興支援団体LAMPのりんご畑へ移動。
りんごの丘の中腹を横切る道。
5月の快晴のもと、眼下に広田湾を眺めながら自然の中を歩く気分は最高。
農作業を通じてニートの社会復帰を支援しながら、おいしいりんごを育てる。
高齢化し、離農が進む米崎町で、りんごの文化を残そうと、LAMPはがんばっています。
畑では、ホテルマンを経てLAMPに加わった吉田さんが、りんごを育てるよろこびを語ってくれました。
まちなかライブラリーPECHKAを訪問。
おいしいコーヒーを飲みながら、ゆっくりとした時間をすごせる場所です。
ツアー参加者に、陸前高田のみなさんにお届けしたい本をもってきてもらい、メッセージを添えて寄贈。
本を通して、陸前高田のみなさんとつながりが生まれますように!
夕食は、海のすぐそばのプレハブで営業する牡蠣小屋「広田湾」。
牡蠣漁師・藤田敦さんが営みます。
津波によって広田湾の牡蠣養殖いかだはすべて流されてしまいましたが、瓦礫の片付けからはじめ、藤田さんらの努力でひとつひとつ復活させていきました。
でっかい蒸し牡蠣がテーブルにどーん。
数個でおなかいっぱい。
栄養豊富な広田湾で育った牡蠣はこんなに大きく育つのです。
陸前高田では珍しい生牡蠣も。
牡蠣なんて食べられなかった震災直後のことを思い出すと、本当にありがたいなとしみじみ思うのでした。
牡蠣小屋「広田湾」は海の真ん前にありますが、店から海を見ることはできません。
目の前に防潮堤がそびえ立っているからです。
防潮堤の前に立って写真を撮ってみました。
シュールなほど人間が小さく映りました。
津波を防ぐために、海と人を隔てる。
人と自然との関わりまで隔てているような不気味な感じがしました。
ベルリンの壁や万里の長城やパレスチナの壁に通じる不気味さを。
津波であらゆるものが流されなくなったとき、それでも前を向いてまっさらなキャンバスに復興の夢をみんなが思い描いたものは、果たしてこれだったのでしょうか?
2日目。
宿泊施設「箱根山テラス」で迎えるさわやかな朝。
朝食は海を見ながらテラスでとりました。
ホタテとホヤの漁師・金野廣悦さんの漁船に乗せていただきました。
ガイドは、かって船長も務めた海の男・伊藤さん。
陸側から見るのとはまた違う、陸前高田の今の景色を見ることができました。
かっては多くの観光客を集めた高田松原の復活も進んでいます。
宮城県から砂を運んで海岸を造成、今年は1万5000本の松を植えるそうです。
船を降りたあとは、津波で壊れた大船渡線の線路跡をたどります。
小川に角材でかけた橋を渡り、野原を横切り。
スタンドバイミーみたいなちょっとした冒険。
着いたのは伊東由美子さんの畑。
震災のとき同じ避難所で運命をともにしたお母さんたちで結成された「アップルガールズ」が「お茶っこ」の準備をして待っていてくれました。
海岸沿いにあったかっての自宅にはもう住むことはできませんが、いまでも花を供え、畑に精を出し、行方不明のままのご家族の帰りを待っています。
以前訪ねたときは海の見えるのどかな場所だったけれど、いまは防波堤の足元。
アップルガールズ、漁師の金野さん、伊藤さん、そして私たち。
みんないっしょに「陸前高田の松の木」を踊りました。
高さ十数メートルの防波堤の下で。
以下、伊藤さんの畑までアップルガールズとたどったときのことを、希望のりんご事務局メンバー辻めぐみのFBから引用します。
「アップルガールズの菊池清子さんによる手書きの地図。
そこには被災した方達の家が書き込まれていました。
こんなに多くアップルガールズのお母さんたちの家が津波で流されていたのかと、地図を見てあらためて泣きそうになる。 」
「お母さん・漁師さんたちの家、ここはこんな花が咲いていて、隣り近所集まってこうだった、あーだったね…と、今は草に覆われてしまっている跡地を思い出を語りながらたどる。
自分だったら悲しくてきっと人に見せたくない、話す気にならないかもしれない。
でも、お母さんたちはそんな逆境も微塵も感じさせず、笑顔で明るくお話してくれる。
いつか清子さんは「生かされた命、友人の分まで明るく笑顔でいなくては」と話してくれた。
本当に優しくて、強い心を持った方だと心から思う。」
この日は母の日。
大阪のパン屋「グロワール」のみなさんがアイシングクッキーをアップルガールズさんにプレゼント。
心づくしのおもてなしに、心のこもったプレゼントで返す。
この共感が、復興への最大にして最強の応援になるにちがいありません。
次はまた秋にみんなで陸前高田を訪ねましょう。